抑圧の移譲

 まずは、「抑圧の移譲」という概念を見ていこう。これは、戦後を代表する進歩派知識人と評される政治学者の丸山眞男(1914-1966)が、敗戦の翌年(1946年)、雑誌『世界』(5月号、岩波書店)に発表した「超国家主義の論理と心理」という論文で編み出した概念である。

 この概念の定義としては、差し当たって「上からの圧迫感を下への恣意の発揮によって順次に移譲していくこと」、もう少し噛み砕くと「上の者から加えられた抑圧を下のものに向かって発散すること」と言うことができる。しかし、これだけでは説明不足のため、丸山の論文の文脈に沿って詳細を内容を見ていきたい。

 丸山は、戦前から戦中にかけての日本を支配していた思想を「超国家主義」と名づける。その権威の中心であり道徳の源泉であるのは天皇である。そこでは、天皇を中心とした統治制度が同心円状に広がっており、最高権力者である天皇からの距離が国家的社会的地位の価値基準とされ、中心からのさまざまな距離において万民がこの体制を翼賛する。こうした支配の論理は「縦軸(時間性)の延長即ち円(空間性)の拡大」という形で無限に膨張していく。

 このような日本社会では、「自由なる主体的意識」を持つ個人というものが存在しないため、人々に内発的な責任意識が欠けている。また、人々は、私的なものが悪であるという心理的なうしろめたさを抱いているため、私的なものが承認を受けたことが一度もない。その結果として、私事と国家的意義とが直接的に結び付けられ、「大義を世界に布く」というイデオロギーが、個人の心の中、すなわち私的なものへと造作なく侵入してしまう。

 この帰結として、権力者さえもが責任意識を欠く、という事態に陥ってしまう。丸山は、東条英機を日本的政治のシンボルとして例に出し、権力者たちには「慎ましやかな内面性もなければ、むき出しの権力性もない。すべてが騒々しいが、同時にすべてが小心翼々としている」という。そして、ナチス・ドイツの国家元帥ヘルマン・ゲーリングと比較して、「戦犯裁判に於て、土屋は青ざめ、古島は泣き、そしてゲーリングは哄笑する。後者のような傲然たるふてぶてしさを示すものが名だたる巣鴨の戦犯容疑者に幾人あるだろうか」という。日本には最終的にすべての責任を負う権力者が存在せず、いわば天皇の権威を笠に着、それを剥ぎ取られた瞬間に陳腐で弱々しい存在と化してしまう権力者しかいなかった、というのだ。

 後述するとおり、日本には大戦争を起こしながら、「我こそは戦争を起こした」という責任者が見当たらず、肩書上その位置にいた者ですら責任意識を著しく欠いており、「陛下の下僕」でしかないという程度の意識しかなかった。この事態を指して、丸山は下で述べることになる論文で「無責任の体系」と名づける。このように、「自由なる主体意識が存せず、各人が行動の制約を自らの良心のうちに持たずして、より上級の者(従って究極的価値に近いもの)の存在によつて規定されていること」からして、先に定義したような「抑圧の移譲」による精神的均衡を保つという現象が生まれる。上からの圧迫感の捌け口を下に求めることで、全体のバランスを保持するのである。

 この「抑圧の移譲」の原理が先鋭な形で現れてくるのが、何よりも軍隊においてである。典型的なヒエラルキー構造をもつ軍隊組織においては、上官からの圧迫感が順次下に降りていく。その内部では、陰湿ないじめやリンチといった暴力現象が日常茶飯事のように繰り返されるのである。

 確かに、この現象は軍隊内で集中的に見られたものであるが、話はそのような閉鎖的組織の内部にとどまるわけではない。実は日本の国家秩序の隅々まで内在していたのである。それならば、社会のヒエラルキーの最上部から発される抑圧が、最下層に位置する民衆に到達した場合は、もはや移譲すべき場所がなくなることになる。すると、その先はどのようになるのだろうか。そこで必然的に目が付けられるのが、国外ということになる。こうして、日本が世界の舞台に登場するとともに、「抑圧の移譲」原理は、「八紘一宇」というイデオロギーと手を携えてアジア諸国に延長されたのである。

 なお、ここで注意しておかなければならないのは、占領地で暴虐行為を行ったのが一般の兵隊である、ということだ。丸山はこのことを指摘して、「国内では『卑しい』人民であり、営内では二等兵でも一たび外地に赴けば、皇軍として究極的価値と連なる事によつて限りなき優越的に立つ。市民生活に於てまた軍隊生活に於て、圧迫を移譲すべき場所を持たない大衆が、一たび優越的地位に立つとき、己にのしかかつていた全重圧から一挙に解放されんとする爆発的な衝動に駆り立てられたのは怪しむに足りない。彼らの蛮行はそうした乱舞の悲しい記念碑ではなかったか」という。

 ここからわかるとおり、「抑圧の移譲」を時の権力者間や軍隊内に特有の現象だと考えると、この概念の本質を見誤ってしまうことになる。むしろ、それは国家の最上部から末端へ向けて、さらには末端から外に向かって発散される心理的なメカニズムなのだ。

1 2 3 4
浅香 勇貴
1986年生まれ。西南学院大学文学部卒。京都大学文学研究科修士課程修了。 日曜コラムニスト、日曜読書家、日曜大工、日曜社会活動家、通勤電車内思想家、好事家。