言葉の使い方

 以上、丸山眞男の二つの論文の内容に即して、「抑圧の移譲」、「無責任の体系」という概念=言葉のあらましを見てきたが、これらは今からおよそ70年前に編み出されたものである。そこで現在、この概念を私たちの身のまわりに起こっていることに照らし合わせてみるとどうだろうか。個人間、家族、学校、会社など私的な生活圏内をイメージしても、行政・立法・司法機関、大企業など大きな社会的影響力を持つ組織をイメージしてもらっても構わない。

 すると、読者のある人は、戦前・戦中と現在の原理が似通っている(または、まったく同じ)と感じるかもしれない。あるいは逆に、これらの概念の有効性はすでに失われていると感じる人もいるかもしれない。ここに紹介した概念は、戦争の記憶が生々しかった社会秩序の混乱期に創り出されたものなので、現在とは時代背景が完全に異なっているのは当然だとしても、筆者にはいまだに有効である、いや、むしろ今のほうがよりいっそう該当するような気がしてならない。

 詳細は読者の方それぞれにお任せするとして、例えば、排外主義的なヘイトスピーチやネット右翼、いじめや種々の暴力などの問題は、「抑圧の移譲」という道具を使うとクリアに見えてくるかもしれない。また、私的な領域では、それぞれが所属する学校や民間企業などでの意思決定プロセス、公的な領域では、代議制民主主義の行き詰まりや行政官僚支配の問題、原子力発電所の問題、逆に市民側における投票率の低下や政治的有効性感覚の下げ止まりの問題については、「無責任の体系」と関連づけて論じることができるかもしれない。いずれにせよ、今回紹介してきた事例は、表面的な形は違えど、現在の日本においてもいまだ妙にリアリティを持っているように思われる。

 これは昔々ある国に起こったお伽話ではないのである。

 

 

参考図書

丸山眞男『現代思想の政治の思想と行動(増補版)』未来社、1964年

小熊英二『<民主>と<愛国>』新曜社、2002年

苅部直『丸山眞男―リベラリストの肖像』岩波新書、2006年

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浅香 勇貴
1986年生まれ。西南学院大学文学部卒。京都大学文学研究科修士課程修了。 日曜コラムニスト、日曜読書家、日曜大工、日曜社会活動家、通勤電車内思想家、好事家。