手元に「サンダース氏3勝」の見出しの新聞の切り抜きがある。サンダース氏の得票率はワシントン州で72.7%、アラスカ州で81.6%、ハワイ州で69.8%となっており、いずれも圧勝だった、サンダース氏の勢いが止まらない、という趣旨の記事である。民主党大統領予備選挙の最終得票率は、ヒラリー・クリントン55.2%、バーニー・サンダース43.1%。本命のクリントン候補をここまで追い上げたサンダースとはいったい何者なのか、私は彼の著書バーニー・サンダース自伝  https://www.amazon.co.jp/dp/4272211145/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_kJffybN6HM3JW を感動しながら読みふけった。そして、アメリカの若者たちと同様に、私もサンダースの自伝を通して「政治は変えられる!」という確信を得た。日本の若者たちの間でもサンダースの魅力が話題になっているという。嬉しい!

 

バーニーサンダースとは

シカゴ大学

シカゴ大学

 サンダースは1941年9月、ニューヨークのブルックリンで生まれた。シカゴ大学を1964年卒業。
 学生時代から人種差別運動、ベトナム反戦運動、労働運動に取り組んた。1981年から1989年まで、ヴァーモント州バーリントン市長を務めた後、1991年から2007年までアメリカ合衆国下院議員に連続当選し、2007年から上院議員として現在に至っている。アメリカ議会は民主党と共和党の二大政党制として知られているが、サンダースは、2015年に大統領選挙に立候補するにあたって民主党に入るまで、米国議会で唯一人の無所属を通してきた異色の人である。

 サンダースは1971年、30歳の時初めて、自由連合党の上院議員候補となり、二大政党の外からヴァーモント州の選挙民に政治的見解を示した。聴衆は彼の見解に共感したものの、得票率はわずか2%であった。しかし、この当時から、彼の政治的主張は一貫しており、「一握りの金持ちや大企業のためではなく、大多数の人々の利益のために闘うことを明確にし、そうした人々を政治のプロセスに巻き込み、大きな運動を作って政治を変える」というスタンスを貫いている。

 2010年12月10日、サンダースは上院議会で午前10時24分から8時間15分の演説(フィリバスター=長い演説をして議事進行を妨害すること)を行った。これは、オバマ大統領が、議会共和党との取り決めで、ブッシュ時代の億万長者への減税を延期し、百万長者に広範な不動産免税を設けたことに反対する演説であった。この長演説は全国的に報道され、何万もの人がオンラインで見ようとして、上院のビデオ・サーバーが過負荷になったという。そして、この時から人々はバーニー・サンダースを大統領候補として考え始めたのである。

 彼は演説の最後で力強く呼び掛けた。

 もしアメリカの人々が立ち上がり、「百万長者や億万長者に減税して国家債務を積み上げる必要などない」と声をあげるならば、私たちはこの提案を打ち砕けるはずです。我が国の中間層と働く家族のニーズ、そして、わが国の子どもたちのニーズが、もっと反映された、もっと良い提案を、私たちは見つけることが出来るはずです、と。

 

立ち上がる人々 

2011年9月17日にニューヨークで「ウオール街を占拠せよ」の運動が始った。アメリカの経済界、政界に対する一連の抗議運動である。”We are the 99%” は、この運動の参加者たちのスローガンである。

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By Brian Stansberry (投稿者自身による作品) [CC BY 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by/3.0)], via Wikimedia Commons

これは、アメリカ合衆国の上位1%の富裕層が所有する資産が増加し続けている状況を表している。米議会予算局によると、1979年から2007年にかけて、下位90%を占める世帯の平均税引き前収入は900ドル低下しているが、トップ1%の収入は、合衆国の税制が累進的でないため、700000ドル以上増加している。2007年において、最も裕福な1%が合衆国の資産の34.6%を所有しており、次の19%の人口が50.5%を所有している。

つづく

付録:アイポス編集部コラム「アメリカ大統領選」
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※トップ画像:Nick Solari [CC BY-SA 2.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commonsより引用 

酒井 嘉子
九州大学名誉教授