これからの社会の変化

 

 ここまで述べてきたように、現在、超低成長時代に生まれ育ってきた世代が徐々に増えているのだが、「成長を知る世代」と彼らが異なる点は何だろうか。いろいろ考えられるだろうが、ここでは生まれた時からすでに物質的に豊かだった、という点を挙げておきたい。高度経済成長期に突入し、戦後の混乱から安定期に入った日本では、徐々に飢餓の問題が解決し、奢侈品が普及し始め、1980年代には主要耐久消費財が各家庭に行き渡った。これ以降は大衆消費社会の全盛期を迎える。およそこの時期に生まれた世代は、比喩的に言えば、お腹いっぱいの状態で生まれ育ったのである。

 

 ところで、ここまでは、90年代以降の経済パフォーマンスの低い期間を「超低成長」時代と形容してきたが、これはあくまでもGDPという指標を基準にしたときの話である。実際に生活する人の感覚からしてみれば、「超低成長」どころの話ではない。「無成長」ですらない。給与統計、人口統計、意識調査などあらゆる指標を見ると、私たちはすでに「縮小」の時代に突入しているのである。つまり、若年層は豊かな環境に生まれ育ってはいるが、一転して将来に目を向けてみると、著しく厳しい状況に置かれているのだ。

 

こうした状況で、「知らない世代」は、物質的な豊かさ(≒GDPの拡大)がこれ以上達成されるという予測はしないし、「経済成長すべきだ」という価値観も持たない。財政上、その要不要の判断はあるだろうが、そもそも体験したことがないものを求めようがないのだ。下に示す内閣府の世論調査(図2)から見て取れるように、1970年代後半ごろまでは「物の豊かさ」を求める人のほうが「心の豊かさ」を求める人より多かったが、80年代前半に両者は逆転し、以降は差が開き続けている。長期的に脱物質的な価値観が浸透しつつあるのだ。

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図Ⅱ

出典:http://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-life/zh/z35.html

 

 

 「成長を知る世代」と「知らない世代」の比率を比べれば、現在では前者のほうがまだ多いだろう。しかし、時間とともに比率が後者の方にシフトしていき、筆者の印象論では、20年後(2035年ごろ)には完全に逆転することだろう。

 

現在、社会保障制度、雇用制度など高度経済成長時代に作られさまざまな制度が、すでに時代遅れになっていることが方々で指摘されている。経済成長というものを知らない世代が、社会の意思決定権を握ることになるこれから10~20年後、社会がどのように変化していくのか、それをどのように変えていくべきか、筆者に述べる力量はなく、各分野の専門家に譲るほかない。しかし、その前提として認識しておかなければならないのは、経済成長という物語はすでに四半世紀も前に失われており、それを遮二無二追い求めようとする懐古主義的な態度それ自体が、貧困や格差、非正規雇用の増大といったあらゆる社会問題を引き起こしている、ということである。

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浅香 勇貴
1986年生まれ。西南学院大学文学部卒。京都大学文学研究科修士課程修了。 日曜コラムニスト、日曜読書家、日曜大工、日曜社会活動家、通勤電車内思想家、好事家。