本記事は 若者は政治を変えるのか  の関連記事です。こちらと合わせてお読みください。

Q:そもそも政治や社会問題に興味を持ったきっかけを教えてください

崔:僕は“崔”という名前のとおり在日コリアンの関係で「政治」というものが身近にありました。僕はたまたま日本国籍ですけど。僕が高校を卒業して以降、父は政治の話を結構してくる感じで、家にも政治や社会問題に関する本が結構ありました。なので、僕は自然と政治について興味を持つようになりましたね。

Q:僕の家庭では全然、政治の話とかしないんですよ。テレビもバラエティ番組しか観てないですし。だから、どのように政治について話し合うのか分からないです。

崔:例えば、テレビでニュースが流れると父が「これはこういうことだよ」と解説してくる感じです。でも、最近は父に「こういうことだよ」と言われて、僕が「違うよ。こういうことだよ」と言い返して揉めたりすることもあります(笑)

Q:つまり、政治について何かきっかけがあって興味を持ったというよりは物心ついた時から自然と?

崔:う~ん、物心ついた時からというか。父はミリタリー関係が好きで、プラモデルとか家にあって。そういうものを見ているうちに戦争とか興味があって政治に目覚めたって感じ?実は、僕も中学生の時はネトウヨみたいになっていました。あの手の論説って感情にストレートにくるから受け入れやすいじゃないですか。でも、中学校を卒業して、ちょっと反省して右から真ん中に戻ってきた感じです。

Q:崔さんの家庭には政治について興味を持つ土壌があったということですね。では、政治に興味を持ってから具体的に行動を起こすに至るきっかけ、経緯を教えてください。

崔:きっかけはすごく身近なところからで、大学の出水薫教授ゼミの先輩たちです。FSL(Fukuoka Students Scholars & Lawyers)の活動ってご存知ですか?一昨年のFSL主催の自民党の改憲草案について考えるイベントがあったのですが、僕はちょうどゼミに所属したばかりだったので興味があって参加しました。そこで、自民党の改憲草案や憲法9条について弁護士の方々と議論してみて、「ちょっとこれはマズいな」と思ったのが始まりで、そこから後藤富和弁護士が開催している「憲法勉強会terra café kenpou」)に何回か参加しました。その当時、「自分が知識をつけたり学んだりするだけでは世の中は変わらないしな」ってモヤモヤが溜まっていたところ、ちょうどFYMが立ち上がったんですよ。FYMにゼミの先輩が関わっていて、その先輩が大学の校門のところでビラを配っているときにたまたま居合わせて「ビラ配り手伝って」って捕まりました(笑)。具体的に行動を起こしたのは、そこからですね。

Q:ゼミの先輩に捕まって?

崔:はい。もともと興味はあったので。

Q:行動を起こすって意外とハードルが高いと思うのですが、ネットでの炎上や誹謗中傷に対する不安っていうのはなかったのですか?

崔:そこまでの不安はなかったですね。ネットでの炎上や誹謗中傷については正直どうでもいいと思っているのもあって。

Q:FYMのメンバーは全体的にあまり不安に思っていなかったのですか?

崔:いや、皆それぞれだと思います。最初はデモに参加していたけど、やっぱり不安で来なくなった人もいますし。

Q:当時のデモの映像をみると相当な人数が参加しているじゃないですか。デモに人を集める上で工夫したことや意識したことってありますか?

崔:僕は当時のデモの企画に携わっていなかったのであまりそこに関して言えないのですが、基本的に特定の団体とか政党色は出さないように気を遣っていました。それと、当然、非暴力でお願いしますということ。あと、ビラのデザインにも気を遣っていましたね。FYM kita9の方もそういったことに気を遣っていました。

Q:なるほど。FYMやSEALDsは旧来の運動とは違った方法で、伝え方や見え方を意識して運動してきたと思います。

崔:デモのやり方についてはこれまで運動をしてこられた方々の蓄積を尊重していくべきだと思いますが、一方で確立したスタイルをうまく変えていくことも必要だと思います。伝えやすさばかりを優先していると本質的な部分が見えなくなるし、逆に本質的なことを重視しすぎると伝わりにくくなる。伝え方をうまく調整するというのはすごく難しいことだと思います。

Q:FYMも伝え方には気を配っていました?

崔:そうですね。例えば「国民」や「安倍はやめろ」っていうワードは使わないように、と決めていました。最終的にはその辺なあなあになっていましたけど……。

Q:FYMとして、また、政治や社会問題を意識して活動していく上で障害に感じたことはありますか?

崔:それは色々とありますね…。親しい友人は逆に活動に誘いづらいとか。同じゼミの友人であればFYMとかの活動に理解があるんですけど、ゼミ以外の大学の友人とか高校時代の友人にこういう話はできないですね。そこら辺を突破できないというか。問題意識を広げるという意味ではここを突破しないと意味がないんですが。自分の中では本当は突破したい気持ちがあるけど、こういう活動をやっているとどこかの政党に入ったのではないかって受け取られ方をされそうで。あと、FYM kita9の方で、これまで運動されてきた方と運動方針の違いとかでちょっとした軋轢みたいなものがありました。今にして思えば勿体なかったなと思いますね。

Q:勿体なかったというのは、もうちょっとうまくお互いに歩み寄ってとか?

崔:僕たちも相手の活動を理解する努力をするべきだったと。相手が言っていることの文脈を捉えた上で自分たちもそのことについてしっかり考えるというか。

Q:なるほど。FYMのメンバーから話を聞いていると、FYMというのは「それぞれの思いを持った個々の若者の集まり」であるのに、外部からはFYMという一つの組織としての存在を求められていて、そこに齟齬が生まれて大変だったと言っていたんですよね。

崔:人数が増えると“団体”って感じがしてきてそうなりますよね。

Q:執行部ができると、どうしてもトップダウンみたいになって困っていたって。

崔:結局、個々人で動いているから、メンバー間にもやっぱり温度差がありますよね。そうなるとメンバーの中でも熱心な人が中心になって動かすので、結局、組織っぽくなるっていうジレンマがありました。

Q:活動の中で手応えを感じたことってありますか?

崔:FYM kita9での話になるのですが、一度、中学生が僕らの活動に加わりたいと言ってくれたことがありました。それはすごい手応えを感じたし、嬉しかったのですが、僕は結果的に参加を拒否してしまったんですよ。

Q:拒否ですか。

崔:そうなんですよ。中学生ってまだ義務教育の段階ですから、デモとかに参加させるっていうのはまだ早いんじゃないかと。僕も中学生の頃はネトウヨみたいになっていて、多感な時期だから周囲の雰囲気に流されやすいっていうのも感覚的にあるから、今はデモに参加するよりも学校の勉強とか基本的なところを学んだり、知識を蓄える時期だと思って拒否したんです。

Q:その判断はFYM kita9で一致したんですか?

崔:それががFYM kita9の中でも意見が合わない部分があって。中学生でもやりたいんだったら自己責任でやればいいじゃないかという意見もありましたが、僕はそれを自己責任だけで片付けてはダメだと思っていました。あと、デモでは急に怒鳴り込んでくる人もいるので、一緒に活動していて何か危険なことがあった時に僕たちは責任を取れないじゃないですか。中学生で若くてこれからの人生もありますし。彼らの生活に影響が出てしまった時、これを自己責任じゃ片付けられないですから。

Q:それが高校生だったら反対していましたか?

崔:うーん、いま自分の中でもすごく悩んでいます。佐賀や福岡で活動している高校生と話したこともありますが、選挙権年齢が18歳に引き下げられたのもあって高校生についてはそこまで思わないです。結局、義務教育を終えているかっていう基準で測っているからなのですが。ただ、それも結局、“義務教育”という人工的な制度で僕の価値観が決められているっていうのが嫌なんです。最近、ジェンダー問題について学んでいるなかで、義務教育や選挙制度というのが歴史的にみて政治から排除されてきた女性や子供の権利を確保するもので、女性についてはまだ不十分であるもののある程度確保されてきてはいるけど、まだ子供は取り残されている気がするんですよね。それで、あの時に“子供”だからという理由で参加を拒否したという選択は正しかったのか、いまも自問しています。この件については、父親とも話し合いました。

Q:お父さんはどういう風に?

崔:「そんなの参加させていいわけないだろ。寧ろ、大学生であるお前たちが一旦それを落ち着かせる役割だろうが」って。はっ、確かにって(笑)。

Q:一歩立ち止まって冷静に考えさせる立場ではないのか、と。

崔:はい。夏頃にやっていた僕らのデモのコールが中学生たちに聞こえていたのではないかと思うのですが、たまたま安保法制反対のデモだったからよかったものの、例えばこれがヘイトスピーチのデモだったら…と、どうしても考えてしまいますよね。

Q:ご両親は崔さんの活動に賛同してもらっているんですよね?

崔:まあ、そうですね。

Q:でも、友達にはなかなか言えない人もいる?

崔:そうですね。「政治の話はしたくない」って言ってくる人もいます。政治の話を嫌がるというか、「政治の話をしたら喧嘩になるやん」って言うんです。

Q:でも、喧嘩になるってことは、ちゃんと意見を持っている人っていうことですよね。

崔:喧嘩になる…どう考えているんだろうなと思って。多分、意見は持っているけど表明する必要はないと考えていて、自己完結で政治っていうのを終わらせている気がする。結局、投票行動のみで政治を見ているような印象を受けます。

Q:そういう人は周りに結構多いですか?

崔:そうですね。選挙にはちゃんと参加しているけど、ちゃんと政治の話をするのはしたくないっていう人が多いです。でも、政治について話し合わないと選挙で誰に投票するか何を基準にして選んでいいか分かりませんよね。参院選直前の時には、政治について話ができそうな友達何人かに投票行動の呼び掛けをしたんですけど、「俺は人で選んで投票するから」って言われて。人で選ぶって、どうやって人で選ぶんだろうって。

Q:短い選挙期間中に候補者の人柄だけで選ぶって難しいですよね。FYMメンバーに親や友人から活動について否定的なことを言われたりした人はいました?

崔:ん~、親に言えないっていう人はいましたし、ネットで誹謗中傷されてだいぶ落ち込んでいた人もいましたね。

Q:周囲との意識の差を感じることもありましたか?

崔:意識の差と言いますか、FSLのシリア問題に関する企画で大学の後輩と当事者意識についての話になって。結局、当事者でもない僕たちがこういう問題を調べて発表することに意味があるのかということと、そもそも僕らが全く関係ない問題を扱っていいのかという話があって、だいぶ意識や考え方が僕と違うなって感じました。

Q:崔さんとしてはどういう考え方なのでしょうか?

崔:そもそも、とある問題の当事者がいて部外者がいるというよりは、その問題の渦中にいる人がいて、その問題と直結して繋がっている人、薄いけど何らかのかたちでつながっている人がいる。グラデーションのようにその人の立ち位置によって問題に対する関わり方の濃さが違うという考えで、全く関係ないという人はいないんじゃないのかなというのがひとつ。それと、問題の渦中にいない人が関わったり、知ったりしていかないと世界は変わっていかないというのがもう一つ。あとは、今は関わりがないと思っていても、いつその問題の渦中に、グラデーションの濃い方にいくか分からないという点で、今から知ったり聞いたりすることは重要なのではないかということです。今は関心がなくても、見聞きしたことが人生のどこかで芽を出すんじゃないかなぁと考えています。

Q:安保法制の成立、そして参院選の結果を受けて意識の変化はありましたか?ある意味では、“止められなかった”という意見もあると思うのですが。

崔:個人的には、そう簡単に社会を動かせるわけはないなっていうのは思っていて。結局、自民党の流れだって何十年もかけて今のように変わってきているのを、ある意味、ぽっと出てきた個人の僕らがすぐに変えるというのは短時間では難しい。だから、特に安保法制の成立についてはある種の覚悟はしていました。でも、参院選に関しては、野党側も頑張れたのではないかという印象を持っています。マスコミは与党が大勝だと騒いでいましたが、一人区に目を向けてみると現職大臣が落選した福島や沖縄、そういった“酷い目に合わされてきた”選挙区で軒並み自民党候補が落選しているんですよね。

Q:崔さんは安保法制を止めるとか参院選で勝つという短期的な目線ではなく、政治や社会問題に関して声をあげる土壌をつくるという意味で長期的なスパンを考えて活動していたということでしょうか?

崔:基本的にそうですね。結局、政治や社会問題を何とかしたいという思いを持った個人が声を上げるために集まったという感じなので、それが一区切りついた段階でまた社会に戻っていく、そして、次に何かあった時にはまたぞろぞろと集まってくるというイメージです。

Q:そのように、ある目前の問題(イベント)を前にしてぞろぞろと集まり、それが終わればいなくなる。こういった在り方に対して、どう思いますか?

崔:むしろ僕はそっちの方が普通だし、良いと思います。日常生活をしつつ、何かあったら出ていって、終わったら戻って。で、その戻った日常生活の中でもまわりの人となにか考えたりとかはするって形。それがみんなでできたら一番なんだけど、まあそれができずにもがきくるしんでいるというか。団体を維持することを目的に続けていたら、それこそ個人の集まりではなくなるので。だから、SEALDsが参院選を一つの区切りとして解散したのも、「あぁ、分かるなぁ」って感じでみていました。

Q:ちょっと抽象的な話をすると、僕にとって政治や社会問題に関する活動をするというのは、自分が生きている社会をもっと知りたいという意識でやっているので“生活のルーティンの中に活動が組み込まれている”という感覚ではないんですよね。自分を奮い立たせて活動しているって感じなのですが、崔さんはどうですか?

崔:僕も当然、自分を奮い立たせてやるものだと思っています。ただ、その自分を奮い立たせてするっていう行為も生活の一部なのではないかと。結局、僕らは制度の中で生活しているから、自分たちの現状を変えるには制度について考えざるを得ない。そうなると、当然、面倒くさいけど自分を奮い立たたせて勉強するしかないなと。自分の生きている社会がどうなるかって分からないっていう不安があるから、ここで抵抗しなかったら後で問題が起きた時に言い訳できないし、下の世代に顔向けもできないですから。

Q:FYM、あるいはFYM kita9の活動を振り返って足りなかったと思うことやもっとこうしたかったということはありますか?

崔:やっぱり、特に北九州では活動の広がりという部分では欠けていました。それと、「自分たちがやりたいことをやる」というスタンスは基本的には良かったと思うのですが、もう少し他の人たちの活動に目を向けて、その活動の意義をしっかり考えた上で、自分たちは何をすべきなのか、どういうスタンスを取るべきなのかを考えるべきだったと思っています。周囲の活動についてデモのやり方や考え方に僕たちも真摯に向き合って、その上で「自分たちのやりたいことをやる」というスタンスを取るべきだったと思います。

Q:いま関心を持っているトピックはありますか?

崔:森友学園の問題ですかね。どれだけ埃が出てくるんだと。それと全然ニュースになっていないですが共謀罪ですね。受動喫煙防止のために屋内全面禁煙になるっていうニュースにも興味があります。受動喫煙を防止したいから禁煙という風にしたいのか、それとも東京オリンピックに向けて禁煙という風にしたのかはっきりしないといいますか。すごい違和感はありますね。

Q:今後はどのような活動をしていきたいと考えていますか?

崔:今は卒業研究で地方自治について研究するために対馬を訪問したりしています。また、演劇が好きなので「憲法劇団ひまわり一座」に所属したり、大学の研究や自分のできることで行動していきます。ただ、最近、僕たちがやっていたことも含めて「戦争反対」で思考がストップしているような感じがします。結局、安保法制の推進側が「これは戦争を起こさないためのもので、私たちだって戦争反対だ」と主張されると、それで議論が平行線になってしまいますよね。今はそこであなたの考えは間違っているって切り捨てる感じになっているから、そこがこれから活動していく上での課題かなと思っています。

Q:確かに。ただ、戦争をするためにやっているわけではないかもしれないが、徐々にブレーキになるものが外れていっているのが不安だという意見もありました。

崔:そうですね。お互いに基本的な捉え方の齟齬があって、そこを解消するために対話が必要だと思っています。でも、それで「いや、政治のことは話したくない」って言われると「あーっ」ってどうしたらいいのか分からなくなるんですよね。だから、交流や対話をする場っていうのがほしいなって思っています。

Q:なるほど。

崔:金網デスマッチみたいに何時間でもがっつり話し合えるような場がほしいですね。(笑)デモはデモの意味があると思いますが、今は自分の意識が対話の方に移ってきている感じです。デモは当然、路上を練り歩くことで見えない声や普段は埋もれている声を顕在化させるという役割があります。拡声器がうるさいなって顔をしている人には確実に届いているわけですから。そういう意味でデモも必要だと思います。

Q:ありがとうございました。

アイポス編集部
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