<日報問題>

南スーダンPKO(国連平和維持活動)に派遣した陸上自衛隊の「日報」問題は、稲田朋美防衛相と黒江哲郎事務次官、岡部俊哉陸上幕僚長の3トップ同時辞任にまで発展しました。

「日報」問題の経緯を振り返っておきましょう。

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―自衛隊の南スーダン派遣

自衛隊は、南スーダンに、2011年から「司令部要員」として、2012年から「施設部隊」として派遣。

派遣された自衛隊員の人数は、「施設部隊」が圧倒的に多く、2015年9月時点で既に350人ほどが派遣済み。

―「施設部隊」の活動

施設部隊の活動内容は、国連施設内の排水溝整備、南スーダン首都ジェバ市内の道路の整備、さらには、2013年12月以降、政府軍と反政府軍の戦闘によって生じた難民救済のため、避難民保護区域の敷地造成ほか、医療支援等を実施。

―日報問題の発端

2015年9月の安保法制成立後、2016年7月に南スーダン・ジェバで大規模な戦闘が発生。2016年10月、当時の自衛隊の状況を知るため、ジャーナリストの布施祐仁氏が防衛省に対して日報(業務日誌)の情報公開を請求。

2016年11月15日、自衛隊の派遣部隊に「駆け付け警護」の新任務を閣議決定。
同月20日、派遣部隊の先発隊が日本を出発。
布施氏からの開示請求から2か月が経ち…
12月2日、防衛省から「既に廃棄しており、保有していない」との回答。

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―日報データについて再調査

防衛省の対応に疑問を持った布施氏や自民党の河野太郎議員らが再調査を求め、稲田防衛大臣が再調査を指示。
すると…12月26日、防衛省の統合幕僚監部に日報の電子データが残っていることが判明。*廃棄していたのは、「陸上自衛隊」で、統合幕僚監部には残っていたとの説明。
2017年2月、日報が一部黒塗りにした状態で公開されることに。公開された日報には、「戦闘」という言葉が使用されていました。

―廃棄されたはずのデータが陸自にも残っていた

2017年3月、マスコミの報道で「廃棄した」と説明していた陸上自衛隊にも、実は日報データが保管されていたことが判明。
実は、2017年2月の防衛省最高幹部による緊急会議で、「陸自にも日報データが残っていた」という事実について、非公表にする方針を決定。
稲田防衛相も、同時点で「陸自に日報データが残っていた」、「陸自に残っていたことを非公表とする」ことについて報告を受けていたとされます。

―稲田防衛相の答弁

3月16日、「陸自に日報データが残っていた」というマスコミ報道について、稲田防衛相は「報告されなかった」と答弁。
稲田防衛相が2月時点で、「陸自に日報データが残っていた」ということを報告されていたとすれば、「虚偽答弁」となります。

問題の真相が分からないまま…

2017年7月28日、稲田防衛相は日報問題をめぐる不祥事の責任を取って辞任。
ただし、稲田防衛相は「陸自が日報データを非公表とする方針を決めた」ことについて、了承していなかったと疑惑を改めて否定しました。

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―日報問題の注目点

日報問題は、主に「日報を隠蔽しようとした動き」と「稲田防衛相の虚偽答弁」について注目されてきました。

しかし、「日本政府が、自衛隊の戦闘地域での活動を黙認していた」ということにも目を向ける必要があります。自衛隊は戦闘地域で活動してはいけないことになっていますが、公開された日報には「戦闘」という文字が多数ありました。
日報問題のそもそもの発端は、政府ぐるみで南スーダンにおいて戦闘が発生したこと自体を隠蔽するために日報を隠蔽しようとしたことだと思われます。

―安倍政権の課題

稲田防衛相の辞任によって、問題がうやむやなまま幕が引かれようとしています。
不祥事を立て続けに起こした稲田氏を防衛相に任命した安倍首相の問題も問われるべきです。
また、安倍政権は、日報問題について、自衛隊員が危険と隣り合わせの状況で南スーダンに駐留していた問題も含めて、国民に対して、真摯な真相究明に取り組むことが必要でしょう。

森友・加計問題に通ずることですが、政権全体に広がる隠蔽体質が課題として挙げれるでしょう。

 

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アイポス編集部
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